ショートショート 「走るハムスター」

趣味コラム

 黄緑色の葉がジグザグに生い茂る木々を横目に、アスファルトの固さを感じながら走っていた。

 今日はどれくらい走っただろうか、腕についた精密機器を確認する。この確認は走る時に必ず行う僕の遊びだった、自分が何分走ったのかを体感で当てる遊び。
 この時、思っていたよりも時間が経っていないと精神的なショックが大きいので、大抵は思い浮かんだ数字よりも五分ほど足して回答する、回答も何も頭の中で考えているだけなのだが。

 それほどに走っている時は頭の中が自由になる、足を前に出す。肺が痛くなってきた。息が乱れてきたな。
 思い浮かぶのはそんな単純なことばかりで、日ごろの悩みなど入り込む隙間もない。

 

 ここの公園は、平日でも夕暮れ時になると多くのランナーがやってくる。今日も少しずつ人は増え始め、気が付くと僕の前に一人の男性が走っていた。
 名前も素性もわからない前を行く人、その人は敵になったり味方になったり、さっきから配役がコロコロと入れ替わっている。


 週末になると、どこかの社会人サークルが練習しているようで、色とりどりの恰好をしたランナーが、日ごろのストレスを汗に変えて発散するように走っている光景を見ることができる。
 その様子を近くのビルに入っている喫茶店から眺めるのが僕の週末の楽しみだった。

 色とりどりの点が集まったり散らばったりしながら、同じところをぐるぐると回り続けている様を上から眺めていると、まるでハムスターが滑車を回す様子が思い浮かんできてなんだか可笑しくなる。

 そして、自分も滑車を回したいとウズウズしてくる。

 捻りようが無いほどにシンプルな「走る」という行為に、人はなぜこれほどまでに惹きつけられるのだろう。

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