ショートショート 「帽子」

趣味コラム

「違う、これじゃない」
 僕は被っていた帽子を手ではたき落とした。

「そうなの?じゃあこっち?」
 お母さんがそう聞いてくれる。

「違う!それも違う、僕の帽子は麦わら帽子!」
 そう、僕の帽子は麦わら帽子。被れば腕が伸びる魔法の帽子。
「麦わら帽子はないの?僕はあれを被って強くなるんだ!」
 お母さんはなぜだか嬉しそうに微笑んでいる。なんでなんだろう。

「そっかー、麦わら帽子かー、それを被ってどうするの?」 

「そんなの決まってるよ!お母さんを守るんだ!僕は将来強い人になるんだ!」
 お母さんがさらに笑う。なんでだろう、僕は絶対強い人になるのに。

――20年後
「君は、何になりたくてうちの会社に入ったの?」
 先輩社員が僕に聞く。僕はこの手の質問をされたときには決まってこう答えるようにしていた。
「いや、安定してそうだったんで、生きていくのに困らないと思いまして」
 

 母親によると、僕はいつの日からか麦わら帽子をねだらなくなったらしい。いつからだったのだろう。自分が欲しがっていたことすら思い出せない。

 まあ、別にいいか、生きていくのに必要のないことだし。

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