ぶらり日本探索in今治

水叉の見る世界

こんにちは、水叉直です。
「ぶらり日本探索」第2回は愛媛県今治市!
今治と言えば今治タオル、それになんといっても愛媛県全体の推しアイテムであるミカン。
自転車乗りの方であれば、しまなみ海道を走破することはひとつの目標ではないでしょうか。

しかしながら私水叉が訪れたのは、瀬戸内海に浮かぶ島のひとつ「小島」(おしま)
日露戦争に備えて芸予要塞が築かれ、今もその様子を伺うことができます。
では、そんな小島をご紹介!

ちなみにですが第1回は長野県諏訪市。良かったらそちらもぜひご覧ください。

日本三大水城「今治城」

その前にこちらをご紹介。
香川県の高松城大分県の中津城と合わせて日本三大水城に選ばれている今治城
大島へ朝から向かうため、前日に今治で一泊。夜景に浮かぶ水城を見てみようと急遽向かうことにしました。

城内には今治城を築城した藤堂高虎の像もありました。
藤堂高虎と言えば浅井長政から始まり、豊臣や徳川にも仕えるなど、主君を十度も変えながら、74年生きた剛腕の将です。
築城技術に優れ、今治城の他にも「宇和島城」や「二条城」なども手掛けています。

咲いているのは恐らく梅だと思われます。
城内に鎮座する吹揚神社は明治五年に建立。今もなお伝統行事として「例大祭」が行われるなど、今治市民に愛されています。

藤堂高虎公像

現存する要塞「小島・芸予要塞」

小島の茂みからみた景色

要塞が現存すると聞いてワクワク気分で向かった私、フェリーが今治の港から出ているとの事でしてので、往復券を求め乗り場へ。私以外に乗客は二人、ぴっちりとしたフィッシャーマンベストを身に着けたおじさんと、気品の良い老婦人。
おじさんは別として、老婦人の目的が気になります。

港には多数の船が

帰りの写真。夕日が眩しかったです。

途中いくつかの島を経由しながら、フェリーに揺られること15分。目的の小島に到着です。
フェリーから橋が架かるや否や、老婦人が一目散に島へ飛び出して行きました。そんなに急いでどこへ向かうのか……。
おじさんは予想通り釣りをするようでした。瀬戸内海の波がぶつかり合い、釣りスポットとしても今治市民に人気だそうです。

さて釣り道具なんて持っていない私の目的は島の散策。芸予要塞とはいかなるものか、いざ行進です。

特に看板などを見つけることもできずふらふらと歩いていくと、早速波打ち際まで来てしまいました。
2、3時間ほどで回り切れる島の周囲は、半分ほどが人口のコンクリートブロック、もう半分は低くも険しい崖になっていました。
ちなみに看板は帰り際に見つけました。「もっと効率的なルートがあったのか」などと思うも、遠回りもそれはそれで良しです。

弾薬庫・見張り台

弾薬地下倉庫

弾薬を保管する地下倉庫、内部には梯子で上がれるようになっている上部との連絡通路があり、そこから素早い弾薬の運搬が行われたと思われます。現在は腐葉土となった床を寝床にたくさんの住民が住んでいました。

見張り台

恐らく見張り台だと思うのですが、木々が生い茂っていてその見晴らしは決して良いとは言えませんでした。
けれど、向こうからは見えづらいように、それでいいのかもしません。

息づかいを感じさせる生活痕

戦中に使用されていたと思われる台所設備
比較的新しい建物

時代の異なる生活感を香らせる二枚の写真。左はきっと日露戦争時のもの。実際、小島が戦場になることはありませんでしたが、家族と離れ何か月も不安の中で過ごす兵士の心境はどのようなものだったのでしょうか。
右はそれよりもずっと新しい建物。小島には未だ人の住む建物もいくつか存在し、買い物の度にフェリーで海を渡るそうです。
余談ですが気品の漂う老婦人と出会い、島に住む人だと教えていただきました。納得ですが、どこか残念にも感じます。全国の老婦人が小島に集まってはお茶会を開く。そんなことも期待していたのですが。

他にも綺麗な形で残る宿舎があったり、かなり遠くまで歩くことのできる浜辺があったりと、かれこれ五時間以上飽きることなく駆け回ってました。
帰りのフェリーでは、からっとした風になびかれついついうたた寝。次はどこに行こうかと夢の中で地図を広げます。

それではまた次回、お会いできることを楽しみにしています。
短編小説やショートショート中心に更新中のnoteもぜひご覧ください!
水叉直でした。

【noteはこちらから】
https://note.com/millecrepe0419

コメント